6月初め、衣替えの頃合いには、それも梅雨寒むというものか、夏服半袖だと鳥肌が立ちそうな想いをするものが。今年は五月中のせっかちな夏日をそのまま持ち越したか、むしろやっと来たかと思わせるような、陽射しの強い、暑い日が続いた。
「雨も降るには降りましたけどね。」
「でも あれって、梅雨のというより、
あまりに暑くなり過ぎてのにわか雨とか、台風がらみでしたものね。」
俗に言う“ゲリラ豪雨”の親戚のようなもの。地表の温度の上昇に、春の名残りの寒気団が追いつけなくてという、激しい雷雨や雹混じりの雨だったり。はたまた、こうまで早い時期に発生した台風が、何年ぶりかで日本列島へ至ったりという、イレギュラーぽい雨天だったのであり。それってつまりは、地表が熱々になるほどのいい日和が続いた証し。
「それが、この何日かに やっとのこと
梅雨らしいどんよりしたお天気に落ち着いただけのこと。」
とはいえ今日はまた、いいお天気ですけれどと、教室から窓のお外を眺めやる3人であり。ただ…今日はともかく、その“梅雨らしさ”の中に、気温があんまり上がらない、という点まで含まれていたのは想定外で。寝る時間帯が蒸し暑かったのでと油断し、半袖や夏布団という軽装でいたところ、明け方の仄かな冷えに這い寄られてしまい、
「もう七月も目前だというに、
風邪を拾った方が少なくありませんものね。」
寝込むほどじゃあないけれど、咳が出たり鼻が落ち着かなかったり。花粉症だろと油断していたら熱が出て、ああこれは風邪ですねと診断されて。そこまで進行してやっと気がつくという手合いが、この女学園でも結構出ている模様であり。当人様はのほほんとしていても、そこはやはり、周囲に気配りの人が配置されていようお家柄の人が多いので。大概のことは大事に至る前に手を打たれるはずが、
「それこそイレギュラーっぽい代物だったからでしょうかね。」
「つか、いくら何でも もう幼稚園児じゃないんだし。
ベッドへもぐり込むときの格好まで管理されてるお家は
さすがに少ないのでは。」
ゴロさんからの差し入れですよと。他には誰もいない教室にて、どこにどうやって持って来ていたものなやら、結構な大きさの化粧箱を机の上へ載せると、その四隅を開きの、八百萬屋特製の三笠饅頭を広げつつ。そんな見解をやれやれと述べたのが、ひなげしさんこと平八だったが、
「あ、えっとぉ…。///////」
もう子供じゃないんだからあり得ないという言いようへ、途端に延ばしかけてた手が宙で止まったのが、
「シチさん?」
「いえあの…アタシも、
寝具やパジャマは用意してもらったのを着てますから。」
あり得ないとした対象が、選りにも選って間近にいたという地雷に遭ってしまい。これへは“ありゃ”と平八も、白百合さんこと七郎次同様に、その動作を止めてしまったものの。
「寝具は仕方がない。」
普段着と違って、それこそ関心が二の次三の次な代物だけに、家人任せになっても仕方がないと。ご自分もそうなのだろう、さらりと言ったそのまんま、そんな二人の手より出遅れたのに、二人ともが上空で止まって下さったお陰様。それぞれの種が1個ずつの中から、
「…あ・久蔵凄いな、それ栗だ。」
「好物は見逃しませんね。」
小倉に抹茶、あんずにチョコ。カスタードに黒ゴマあんに、栗入りこし餡…とあった中から。出遅れたのに関わらず、自分が好きなの一等賞で掴み上げたのが。軽やかな綿毛の金髪にさも似合いの、玻璃玉のような澄んだ双眸と、色白華奢な面立ちと。なので、マシュマロとかマカロンとか、カフェラテを想起させる風貌ながら。実は…餡ものが大好物で、ゴマしょうゆ煎餅にも目がない、至って和風な 紅ばらさんこと久蔵お嬢様だったりし。
“まあ、その辺りは、ねえ?”
“アタシら全員に言える違和感かもですが。”
この教室は普通タイプのサッシだが、特別棟の美術室のは引き上げ式のレトロなそれだったり、中庭にはアールヌーボー調のシックな温室。そうかと思えば、裏に位置する方向には、マロニエの這う壁も雰囲気のある、石作りの野外音楽堂があったり。はたまた、絶妙な枝振りに空間美が凝縮していて、そちらの粋筋から絶賛されているという古梅の傍らには、趣きある数寄屋づくりの茶室も完備。そんな風情ある背景に囲まれておいでの、聖なる淑女を育てましょうというおっとりした校風の満ち満ちた、品格あふれる この女学園(高等部)にて。
いづれが春蘭秋菊か
彼女らこそが、今代の代表。近年には稀なほどの存在感で、学園じゅうの注目と人気とを攫っておいでの。学外へまでその噂を轟かす、三華様と呼ばれし、特別の少女たちだったりし。ちょっぴり古めかしい型のセーラー服を、されどそれは優雅に着こなす、所作・動作の麗しさや、こちらはストレートの金絲を冠した色白繊細な顔容が醸す、上品な笑顔や深みのあるお声と口調が断然人気の白百合様に。玲瓏透徹、それは穢れなき横顔は、紛れもなく飛びっきりの美少女なのに、不意を突かれても動じはしない凛然とした態度、その毅然とした有り様から。一部下級生たちからは、殿方より凛々しいという方向での熱視線を受けておいでの紅ばら様。近隣に隣接する幾つもの工学系大学院から、研究スタッフへの招聘という誉れを頻繁に受けておいでの天才で。パソコン操作も、専門講師が頼りにするほどの辣腕ぶり。だというのに とっつきやすそうな朗らかさと、こちらもそりゃあ愛らしい風貌や、なのに大人びて麗しいボディラインが蠱惑的な子悪魔と巷で評判の ひなげし様という、どこからも死角なしな顔触れ揃いの“三華様”がただが、
「相変わらず、ゴロさんて上手だよねぇ。」
「………vv(頷、頷)」
「あ、このお抹茶あん、苦くない。」
「そうなんですよ、私も驚きました。
だだ甘くもないでしょう?
何でも、いいお茶を使えば苦くないし、
後味にもあの独特の癖は出ないんですってよ?」
「………。(ふ〜ん)」
「ほら、久蔵殿も食べなんせ。あ〜んvv」
「…vv///////」
平日ど真ん中の放課後の ちょっとした隙を突き。部活もないのに、とっとと帰らずのこそこそと。先生やシスターの眸も盗んでのこと、これもお持たせの焙じ茶片手に、三笠まんじゅうにぱくつく、微妙にナイショなお顔も、実はお持ち。家へ帰るのが憂鬱な訳じゃないし、途轍もなく遠いのが今からうんざりという訳でもない。寄り道は校則で禁じられちゃあいるが、クラスメートのお家で宿題を一緒に片付けるだけなら、先生方も細かいことは言わぬだろから、平八の居候先である甘味処へ立ち寄っても叱られはしないのだが。
何と言いますか、あのそのえっと。
今日という一日の半分以上を過ごした空間にて、余韻に浸ってのまったりと…というか、よっこらせというノリにてズルズルと身を置き、取り留めのないお喋りに花を咲かせたいなとか。そういう ややダラケたことをやらかす性だって、実は持ち合わせているんですのよという。乙に澄ましていはしても、実のところ、一皮剥けばごくごく普通の娘さんたちであり。しかもしかも、良家の令嬢たちばかりなはずが、
「あんこ系の甘味って、
意外と、食事系のスープとかラーメンとかにも合いますよね。」
「……っvv」
「そうそう。塩味とは喧嘩するかと思いきやvv」
あれですかね、
スイカに塩とか、ぜんざいに刻みたくあんをつけるとかと一緒で、
甘みを一旦消すからか、それとも際立たせ合うからなのか。
え? ぜんざいにたくあんはアタシ知りませんでした。
バームクーとチキンコンソメも。
あ、それも最高vv
微妙に庶民的な嗜好にも詳しいのは、今まで生きて来た十数年とは別口。前世とか呼ばれる“生”での経験値も こそりと持ち越して来ている身の上だったりするからで。とはいえ…甘味に塩が合うなんて、一体“どの時点”で得た感覚なものだろかは謎ですが。(苦笑)
「でも、久蔵殿のところだと、
お抱えシェフの西丸さんとかおいでだから、
そういうのってなかなか食べられないんじゃあ。」
そう言う自分のところも、お抱え料理人の一団がおいでの七郎次が。蜜をまとってしまった白い指先をちろんと舐めつつ、家ではおやつやお夜食まで用意されてもいるだろから、そういう勝手なものは食べにくくない?と、三木コンツェルンの令嬢へ訊けば。
「……ヒョーゴのところで。」
「お?」
お口に三笠をパフのように伏せつつだったため、心なしか声が小さくなっての。しかもしかも………。
「〜〜〜〜。////////」
「奥様、見ましたか?」
「見ましてよ、片山さんトコの奥様。」
大方、素行の上での“後見人”(と書いて“おかん”と読む)たる、お医者せんせえの兵庫さんが。公言出来ぬ取り合わせの食べ物を、でもでも食べたいと欲するなんて。名のある家の令嬢には行儀のいいことではないとしながらも。ぶつぶつ言いつつ、それでも用意してくれるのだというの、言いたいらしい久蔵殿だったのはまま判るとして。言いながらの同時進行、それは鮮やかに真っ赤っ赤になったのを差してのこと。まあまあ臆面もなく惚気たりしてと、ツッコミかかった残りの二人だったものの……。
「や〜ん。///////
なにどさくさ紛れに言い出しますか、シチさんたら。」
「あらあら何のお話かしら?
そう遠くはないお名前でましょ?」
「じゃあ私も言い直しますよ?
島田さんチの奥様ったら何をいきなり。」
「きゃ〜〜〜〜っ、やめてくださいよぉ〜〜っvv///////」
おいおい、おいおい。(大笑) 互いの想い人をからめ合ってのこと、牽制なんだかフェイントなんだか、よくある脱線をしかかるのもまたいつもの事なら。だしにされかけた側の紅胡蝶様が、唐突に立ち上がっての、そんな二人へお顔を寄せると、
「二人とも声が大きい。」
「はい。/////」
「気をつけます。」
今世ならではの珍しいことには、久蔵殿がツッコミに回ることもあるもんだから、
「いやはや長生きはするもんです。」
「シチさん、私らまだ十代ですが。」
お茶椀を両手でくるみ込んでの、焙じ茶を啜りつつ、ほぉ〜っとしみじみとお言いだが。そうだよね、ひなげし様。あんたら今世では まだ十六、七だぞ。(笑)
「七月といや。」
「期末考査も間近ですやね。」
………誤魔化したわね。(う〜ん)
何とも他愛ないお喋りに キャッキャと沸きつつ、ちょっぴりべたついて来た指先へ、ほれシチさん、久蔵殿もと、用意のいい平八が、かばんから取り出したウェットティッシュを どうぞと手渡しかかったところが。一緒に入っていたらしい何かが ひらんとすべり出しての、彼女らの足元という床へと止まる。何だなんだと、苦手なアレが出でもしたかのように(笑) 反射的に足を上げた七郎次の手前へ身を屈め。こちらさんもまた、アレなら許さんと思ったか、なめらかな所作にて久蔵が拾い上げたは、一枚のチラシ。
「…なんですか、これ。」
「あ、それ、店に貼って下さいって渡された、
何枚かのうちの1枚なんですよ。」
でも、同じのを何枚も貼るのって見苦しいんで、裏側をメモに使ってましてと。ほりほりと頭を掻いたひなげしさん。引っ繰り返すよう促された久蔵が裏を向ければ、よく分からない記号だか番号だかがずらずらと並んでおり。上半分は今取り掛かっている装置の特殊構造の部分の走り書き。少し間を空けて並んでいるのは、それに要る部品の基番号だとか。で、表はと言えば。
「…あ、これって隣町のK高の
夏フェスのチラシじゃないですか。」
七郎次の指摘も思い当たるものだからこそというトーンのそれならば、
「性懲りもないといいますか…。」
平八が肩をすくめつつ苦笑して見せ、唯一 久蔵だけが“???”と怪訝そうに眉を寄せており。
「あれやだ、久蔵殿は知らなかったんですか?」
これは意外だ、でもまあ、久蔵殿は関心のないことへはとことん耳目を向けないしと。そこが可愛いと言わんばかり、七郎次が綿毛頭を引き寄せて掻い込むと、よしよしと愛しげに撫で回している傍らで。そんな二人をくすすと微笑ましげに見やりつつの、ひなげしさんが言うことにゃ、
「やっぱりミッションスクールの、
ウチとは真反対に男子ばっかの学校なんですよね。」
それでかどうか、もう何年も やたらとウチの学園へアプローチをかけていて。体育祭だの文化祭だの一緒に開催しませんかと言って来たり、向こうのこういう催しへ“いらっしゃいませんか”ってお誘いがてらにでしょう、ポスターを寄越したり。
「まあ、学内に貼られたためしはありませんがね。」
ウチは男女交際を禁じてはないですが、それでも助長になるよな代物と解釈されかねないものを、そうそうは貼れないでしょうと断じてから、
「音楽のフェスティバルらしいですが、
だったらだったで、ウチには自慢の顔触れがいますしねぇ。」
ふっふっふ…っと微笑ったひなげしさんへ、それへは久蔵も七郎次も覚えがあったのでとたちまち楽しそうに笑顔を見せて。
サッチやユッコ、息災か。
これ、また呼び捨てにする。
いいじゃないですかシチさん、親しみの現れですよと、
気のせいか、立ち上がる動作にもエイトビートを刻んでいるよな切れを見せつつ。そろそろシスターの見回りだ、さあさ帰ろう、明日にも試験の時間割が発表されますよ、あうう…それはちょっぴりめげる話題だけど、何の、試験が終われば夏休み♪、と。やはりやはりのお元気なまんま、学生カバンを手に手に教室から駆け出すお嬢さんたちで。細い肩先をくるむ、白いパフスリープのセーラー服の輪郭弾いて、初夏の木洩れ陽が ちかり閃いた午後でした。
〜Fine〜 2012.06.27.
*何のこっちゃなお話ですいません。
取るに足らない井戸端話ということで書き始めたんですが、
書きながら“ああもう七月か”と実感してりゃあ世話はない。
学生さんには待ち遠しい夏休みもすぐそこですね。
急に涼しかったりもいたします。
体調を崩さぬよう、お気をつけてくださいませね?
めーるふぉーむvv 


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